Little AngelPretty devil
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “秋霖 来たりて”
 


今年の西方の秋は、なかなか進まずで。
京の都の周辺には、
米や小豆、マツタケなどなどで有名な丹羽篠山という地域もあるし、
地元の方々はそれらを食べてよく肥えた猪も、
当たり前のように鍋にするとか。

 『冬場は雪深い土地だからな。』

そうやって脂も摂取しとかねぇと、
寒さにやられちまうのさと。
お師匠様はそんなことまでよくご存知で。
だがだが、ほえぇ〜っと真ん丸くお口を開いて感心しておれば、

 『なんの、こやつ自身が
  そういうのを好んで食らう“悪食者”だからな。』

詳しくって当たり前だと、
今更なことだと言いたげに…余計な一言 加えたがため、

 『品性下賎な悪食もんで悪かったな。』

ちょっぴり眉を跳ね上げた白皙美貌のお館様から、
げいんと蹴っ飛ばされたトカゲの総帥様だったのもまた、
いつもの掛け合いの顛末通りだったのだけれど。
(苦笑)

 「今年も何だかいつまでも暖ったかいよね。」
 「きゅう。」

薄い綿入れでこそあるものの、
そんな袷
(あわせ)が一枚だけで まだまだ十分しのげる案配で。
今日なんて時々秋の雨がぱらつく曇天だというに、
やはり…細々したことで動き回れば、
ともすりゃ蒸し暑いと感じるほどの暖かさ。
朝からあちこちの樒
(しきみ)を取り替えて回ったのが一段落ついて、
広間の濡れ縁からお庭を眺めやっておれば。
そんな小さな書生くんの傍らへ、
もっと小さな坊やが、とてて…と駆け寄って来、
そのまま寄り添うように座り込んだのが ついさっき。
一丁前にも小袖と袴といういで立ちだが、
変化
(へんげ)の術にて そのっくらいはまとえるという
仔ギツネさんが同居しておいでだし、

 「もしかして こおちゃんの方かな?」
 「きゅうvv」

そんな仔ギツネさんのお友達、
大きな怪我を治すためにと天世界で過ごしていた間に、
普通一般の里狐では会得不可能だろう、
“変化”の術をも身につけてしまった仔ギツネさん。
先だってからはこのお屋敷へもお顔を出している
“こおちゃん”という子の方らしく、

 「くうちゃんと遊ぼって来たんだろにね。」

ごめんね、くうちゃんは朝からお出掛けしてるんだと。
さあさあと静かに降り出した雨を、
やや案じるようなお顔で見やり直す、書生の瀬那くんだったりし。
昨夜は天世界へ戻らぬまま、こちらのお家で寝てしまったくうちゃんで。
そうして夜が明けたら明けたで、
何かに呼ばれでもしたか、朝餉もそこそこ、
今日は雨が降りそうだぞというおやかま様からのお声も聞き流しての、
気がついたら気配が屋敷の中にはなかったおちびさん。

 “土地神様にでも呼ばれたんだろか。”

例えば彼の守護である進という存在とも意志の疎通を軽々こなしたほどに、
そこはやはり、人よりも自然や精霊のほうへ近い身だからか、
あの幼さで、随分と高度なことをけろりとやってのける くうちゃんでもあって。
そういう坊やだからこそという“引き”があってのお出掛けかも。
くうちゃんと見栄えはそっくりな、
だがだが あんまりお喋りは出来ぬ仔ギツネさんと二人。
雨だね、ひどい降りにならなきゃいいのにねと、
お庭をぼんやりと眺めておれば。

 「やーvv」

どこからか可愛らしいお声がし、
何処だ何処だとキョロキョロしだした二人の目の前へ、
ばあと濡れ縁の真ん前から飛び出して来たのが。
どこへ出掛けちゃったやらと案じていたところの、

 「くうたんっ!」
 「こおたんvv」

仲良しさんのお名前を呼び合う、
葛の葉さんこと、くうちゃんだったようで。
その小さな両腕へ、何やら色味の鮮やかなものをたくさん抱えており、

 「あんね、あぎょんにもらった。」
 「……柿の実?」

小さな和子の小さな手だからそう見えた訳じゃあなくの、
結構大きな実を五、六個というごろごろと抱えて来た彼とそれから、

 「今 齧るんじゃねぇぞ?」

もっと沢山を抱え込むための前掛け代わりにと、
恐れ多くも礼式用の厚絹衣紋、
直衣
(のうし)を引っ張り出してのまとっておいでな、

 「お師匠様?」

そういや、今日はご出仕じゃない日。
だってのに、朝早くから何処へお出掛けだったのかといやあ、

 「これは特別な柿でな。
  このままだと途轍もなく渋いが、
  皮むいて軒に干しとけば、
  凄んげぇ甘くて上手い干し柿になるんだと。」

 「干し柿vv」

キビだの砂糖大根だのというものがまだ日本には入って来てはなく、
砂糖ってものがほとんど無かったんじゃなかろかというほどの昔々。
かづらの蔓から抽出した甘みしか頼る先がなかった時代のご褒美といや、
柿を干した干し柿が最上のそれだったんだそうで。

 「しかも、やわらかい とろっとろのなんだと。」
 「うあvv ボク、柿は柔らかいのが好きですvv」

柿といや、生食でもさくさく堅いうちが好きな人と、
熟して柔らかいのが好きな人とに別れるところだが、

 「…干し柿にもそういう違いがあるんだな。」
 「お前の場合、生の柿も食わねぇ性分だろうからな。」

こちらさんもやはり、
その大きな手へと山盛り抱えて来たトカゲの総帥殿が要らんことを告げれば。

 「………っ、痛ってぇーっ☆」

今はまだ堅いのか、コツンゴツゴツと鈍い音のする柿が幾つか、
彼の装備の薄い足の上へと落とされている間の善さよ。
しかもそこへと畳み掛けたのが、

 「お師匠様、食べるものを粗末にしちゃあいけません。」
 「セナ坊、お前もいい性格になって来たよな。」

注意された蛭魔ではなく、
痛い想いをしたことをあっさりと“おいといて”扱いされた葉柱が、
そんな不平をこぼしたところで、いつもの“お約束”は完了で。

 「渋いほうが甘くなるんですか?」
 「そなんだってvv」

あぎょんがゆってた、と、
それは無邪気にうんと頷く、お尻尾ふさふさの仔ギツネさんを、
ひょいと抱えて濡れ縁の上へと上げてやり、

 「まあ、俺は澄酒の方が好みじゃああるがな。」

甘いものはどうにも苦手だと、苦笑をした蛭魔だったものの、

 『それでも手伝いにと出掛けたのは、
  自分には不要でも、他の家人が喜ぶと見越したからなのだろうな。』

後日になって、
自分の守護様、武神の進からそうと助言され、
あっと気がついたセナくんも、
今はただ、まだ少々青い匂いのする渋柿を手に、
困ったお館様だよねぇとの苦笑を浮かべただけだった。






  〜Fine〜  11.11.06.


  *いつも楽しみにしております、
   旬の食材の紹介とその産地への応援を謳う、
   某情報番組にて、
   山梨のあんぽ柿というのが紹介されましてね。
   真ん丸で大きめの美味しそうな柿ですのに、
   実はすこぶる渋くって。
   ただ、皮を剥いて干すと
   それは甘くてとろっとろの干し柿になるんだそうで。
   トチの実とか団栗の実もそうだけれど、
   最初に齧った人って、あのアクに閉口しただろに
   よくも諦めなかったよね。
   手間をかければ美味しくなるって、
   最初にやり遂げた人って凄んごいと思います。


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